昨夜のシュナイト/神奈川フィルによるブラームスの交響曲第3番とヒンデミット「画家マチス」は紛れもない名演だった。実を言うと前々回に書いた「一期一会」という文章は、体調を急に崩したシュナイトをミュンヘンに帰した当日、ひょっとしたらもう戻ってこれないかもと思いながら書いたものだった。ところがわずか2週間ほどの休養の後再来日したシュナイトは次の2週間でシューマンのVn協と2番の交響曲、そして昨晩のコンサートで我々を驚かせたのである。つまり私の不安は杞憂に終わったわけなのだが、年齢と健康状態を考えればこれからも決して安心できるわけではない。とくにマエストロは「息子のために長生きをしなければ」という父親らしい家族思いの顔を見せながらも「音楽のためには死んでもいい」と考えているところもあり油断できないのである。
この2回続いた超名演は実はシュナイトというより神奈川フィルの手柄である。シュナイトも「私の要求以上のことをしてくれた。これが本物のプロのオーケストラだ」といって満足していた。ソロ・コンサートマスターの石田泰尚の集中力も並はずれていた。若い頃現代音楽を積極的に演奏していたシュナイトは本来優れたバトンテクニックを持っていたのだが、現在はなかなか判りにくいものになっており、彼自身が思っているテンポの通りに棒が動いていない時すらある。けれどもコンマスの石田はじめ団員たちはシュナイトの気合いだけを感じて、積極的にアンサンブルして行けるまでになっており、リハーサル、ケネプロそして本番と進化していく様は実にスリリングだ。神奈川フィルが日本最高のオケだといったら驚かれるだろうが、シュナイトとのコンビで到達した音楽的レベルの高さを思えば、他のほとんどのオーケストラコンサートは精密な「合奏」にしか過ぎないことに気がつく。「2008年5月23日のヒンデミットは凄かった!」といった想い出話が将来できる横浜の聴衆は幸せである。まるでフルトヴェングラーやカラヤンの時代のようではないか。ここまで上り詰めることができたコンビの演奏を東京の聴衆と批評家に聴かせることが出来ないことが残念でならない。横浜は決して遠くないのだが。