以前「子育て」に関係する仕事をしていた時、その会社の方針にどうしても同意できなかったことがある。それは「子育てなんかもっと気楽に考えていいんだ」と訴求していこうという姿勢だった。たしかに子育てでノイローゼになってしまうお母さんがいてそれはそれで気の毒なのだが、だからといって「少々失敗したって子供は育つんだよ」的なメッセージを繰り返させられると「それは違うんじゃないの」と思わざるを得なかった。
自分の子供時代を思い返すと、それは誰でもそうだろうが、一日がとても長かった。なかなか晩ご飯にならず閉口した。単位時間あたりで感じること・知ること・気づくことが多いので、内的時間の進行が遅く感じられるのだ。これはベルクソン哲学を勉強してよく解った。一方大人になると鈍感になり気づくことが減るので、一日がとても短い。一ヶ月なんてあっという間だ。
そんな大人が子育てをするわけだから、とても注意が必要なはずなのだ。こっちにとっては「今日は失敗しちゃったから、また次に」とやり直せそうに感じられることでも、子供にとってはかけがえのない濃密な時間での大事件で、それは取り返しのつかないことだったのかもしれないのだ。それを「大丈夫、大丈夫」といって優しい素振りで慰めるのは、追いつめられるのが嫌な大人の耳あたりのいい誤魔化しでしかない。
私の中学時代は初めてしっかりと音楽に向き合った時代だった。それは畠澤郎先生という着任早々ブラスバンドを作った先生のおかげだ。若く意欲的な先生の授業も面白かったが、ブラバンの練習や合宿で生徒達に多くの刺激を与えた。そして同級でクラリネットを吹いていた長木誠司は音楽学者になり、ヴァイオリンを弾いていた平松英子はソプラノ歌手になり、一級下でトランペットの大友直人は指揮者になった。私も合宿の夜、ステレオカセットで録った音を寝ながらヘッドフォンで聴き返して感動し、いまだに同じ事をしている。他にもプロのピアニストになった人もいる。受験が必要な国立中学とはいえ、一学年160人の普通校からの音楽業界選択率(そんなものがあれば)は異常に高いといえるだろう。
もし畠澤先生がいわゆる「でもしか先生」だったら、私たちの将来は変わっていたはずだ。二度と繰り返さない中学時代の春夏秋冬を、同じように感じてくれる先生がいたおかげで、私たちの人生が開けたのだ。これを「いいさ、失敗しても。次の学年の子たちがいるから」と居直れる教師がいるとしたら恐ろしい。
いま学生たちとオーケストラを作っていて、彼らひとりひとりの将来を心配する。くよくよ思い悩む。皆が皆、演奏家として成功できるわけではないからだ。気になる学生がいて「何かあれば相談しろよ」と声をかけても、恥ずかしいのか、そんなことを言われ慣れてないからか、それっきりになってしまうことも多く、また心残りとなる。
今夜その畠澤先生と居酒屋で飲むことになっている。こんな約束を先生とできるとは中学時代には想像できようもなかった。
Schön winkt der Wein im goldnen Pokale,
Doch trinkt noch nicht,
erst sing ich euch ein Lied!
Das Lied vom Kummer
Soll auflachend in die Seele euch klingen.
Wenn der Kummer naht,
Liegen wüst die Gärten der Seele,
Welkt hin und stirbt die Freude,der Gesang.
Dunkel ist das Leben, ist der Tod.
黄金の杯に注がれた酒が手招きしています
でも待ってください
まずは一曲歌ってさしあげましょう!
悲しみの歌も、あなたの心には
ほがらかに高らかに響こうもの
しかしその悲しみがほんとうに迫って来たとき
心の園は荒れ果て
喜びも、歌も、絶えてなくなるのです。
——生は暗く、死もまた暗いのです!
マーラー「大地の歌」第1曲冒頭