ゲルハルト・ボッセとの打ち合わせ中、ふと訊きたくなって質問した。
「先生は70年くらいオーケストラと関わっていらっしゃるわけですが、この70年間どう変わったといえますか?」
マエストロは即座に答えた。
「技術の向上はめざましいものがあります。けれど音楽的にはそうではありません。むしろ劣ってきていると思います」
そのようなことを言われるだろうとは思ってはいたが、あまりにも明快に断言されるので後が続かなかった。マエストロは技術的に優れているだけのオーケストラには興味がないようだった。
私はコーチをしている学生たちによく「昔の巨匠の録音を聴け」とすすめている。いまSP盤の復刻CDで聴くことができる演奏は、巨匠のものとはいえ現在の演奏家たちのものと比べるとピアニストは指がもつれ気味だし、ヴァイオリニストの音程も怪しい。しかし音楽的な豊かさという面では段違いだ。いまはコンクールに受からないと生きていけない時代なので、技巧的な難易度の高い曲ばかりを練習することとなり、易しい曲を豊かに弾く練習はほとんどしない。
デムスとシューマンの子どものための練習曲を録音した時、デムスが「70歳過ぎてからようやくこの曲を上手に弾けるようになった」と話してくれたが、あの音符が大きく印刷された楽譜のどこにそんな深い芸術が隠されているかなんて、競争に明け暮れるピアニストたちのほとんどが知り得ないだろう。
もし私がコンクールを企画するとしたら、易しい曲をいかに音楽的に弾くかというところで競わせてみたい。もちろんそれはそれで問題が多いことはわかっているが。